2009年 09月 11日
いずれは習得するはず・・・だが・・
テッポウ虫に散々やられながら、我が庭で珍しく大きくなっている。
同居人と一緒に買い物に出かけると普段よりあれこれ多く買うことになり問題。
更にあれこれ買えば家に帰ってあれこれをあちこちに片付ける仕事が増えるのも問題。
バタバタ片づけをしている女史を見て同居人のたまう。
‘お昼は、私が作ってあげるから’
(ただ今、この上から目線の物言いをお直し教育中)
この有難いお言葉に最敬礼しなくてはならないが、作るのはカップラーメン。
まあそれでも助かると思いお願いして、その間にあれこれを片付けテーブルの仕度もする。
気が付くと同居人台所からいなくなっている。
そして、テレビの前のソファーで完全にくつろいでいる姿を発見。
先ほどまで、ゴソゴソやっていた調理台には確かにカップラーメンは作られている。
が・・・待ち時間ははるかに越え、
粉末スープの袋は後生大事に蓋の上にそれぞれ乗せられたままである。
粉スープは先に入れるものという女史のクレームを聞いて、同居人頓着無くのたまう。
‘ちょっとオーバーしたなあ、スープ後入れかと思ったんだ’
(別にレアなカップラーメンではない)
そんな日常を垣間見て
同居人プラスに‘家庭共同生活者’としての教育が悪かったと言われる。
つまり‘共同生活者’にもっと家事を担ってもらうべきだったと・・・
それで思い出す。
昔、個人懇談で息子の担任に‘親の過干渉ですね’と言われたことがあった。
(彼が調理実習の時、ラップの切り方が分らなかったことからの評価)
しかし、現在その‘過干渉’で育った彼はそれなりに一人暮らしをしている。
女史は、必要になれば人間あれこれ考え行動するものと思うのであるが
もう一人の隠れ該当者は単身赴任生活をしても変わらなかったようである。
by konnitiwan
| 2009-09-11 13:18
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